君だけを愛す。★057★
病院に入院する冴子を2人で見舞うと、彼女はベッドで神妙にソフトカバーだったか新書だったか本を読んでいた。書名がかすかに見える。落合恵子の『白い少女』。それは白血病で恋人に見守られながら死んで行く少女の物語ではなかったか。蒲団の上には「赤い疑惑」のビデオが転がっている。それもまた白血病で死んでしまう少女と血のつながった兄との悲恋物語ではなかったか。声をかけにくい雰囲気が漂う。しかし、ここでひるんでしまったら彼女の病気が白血病だと暗示してしてしまう。深呼吸して、彼女の元に近付く。顔を向けた冴子の顔は、さらに白く美しくなっている。
「冴子、どう、調子は」まずは秋子が声をかける。
「まあまあかな。日増しに体重が減って行くのよ」
「羨ましいじゃない。私なんか全く減らないわよ」
「だいたい2人とも気にする程は太ってなんかないじゃん」
「やっぱ男の人って分かってないわよね」と2人で声を合わせてステレオ放送気味に声を張り上げる。
「冴子、どう、調子は」まずは秋子が声をかける。
「まあまあかな。日増しに体重が減って行くのよ」
「羨ましいじゃない。私なんか全く減らないわよ」
「だいたい2人とも気にする程は太ってなんかないじゃん」
「やっぱ男の人って分かってないわよね」と2人で声を合わせてステレオ放送気味に声を張り上げる。
君だけを愛す。★056★
あまり夢を見ないたちなのだけれど、ある朝、鮮明な夢を見た。病院に入院する冴子を見舞うと、彼女はベッドで神妙にソフトカバーだったか新書だったか本を読んでいた。署名がかすかに見える。落合恵子の『白い少女』。それは白血病で恋人に見守られながら死んで行く少女の物語ではなかったか。蒲団の上には「赤い疑惑」のビデオが転がっている。それもまた白血病で死んでしまう少女と血のつながった兄との悲恋物語ではなかったか。声をかけにくい雰囲気が漂う。しかし、ここでひるんでしまったら彼女の病気が白血病だと暗示してしてしまう。深呼吸して、彼女の元に近付く。顔を向けた冴子の顔は、さらに白く美しくなっている。そこで目が覚めた。
ある意味、正夢だった。秋子の告白の数日後、2人で冴子を見舞うことにした。しかし、自分たちが別れたことを冴子には言い出せずにいると、秋子が言う。気が重いまま病院に向かう。相変わらず病院は静まり返っていて、好きになれない。
ある意味、正夢だった。秋子の告白の数日後、2人で冴子を見舞うことにした。しかし、自分たちが別れたことを冴子には言い出せずにいると、秋子が言う。気が重いまま病院に向かう。相変わらず病院は静まり返っていて、好きになれない。
君だけを愛す。★055★
無意識に鏡に映った自分の顔が目に入る。冴えない容貌はさておき、恐ろしく小顔だ。しかも、それに輪をかけて耳が小さい。だから生活に余裕など生じないのか、金運に欠けているのか。このまま冴えない人生を送り、妻と一緒にひなびて密かに死んで行くしか道は残されていないのか。人生が常に選択の過程なのだとしたら、自分はいつも常に不正解の選択ばかりを繰り返して来たのではなかったか。それが今の私のすべてではないか。
私は、いったい、どこへ行こうとしているのだろうか。どこに向かおうとしているのか。すべては風に吹かれている。私の求める答えも風に吹かれてしまっている。
遠くへ、いや、それとも、このまま、しかし、夢のかけらさえないのか。
私は、いったい、どこへ行こうとしているのだろうか。どこに向かおうとしているのか。すべては風に吹かれている。私の求める答えも風に吹かれてしまっている。
遠くへ、いや、それとも、このまま、しかし、夢のかけらさえないのか。
君だけを愛す。★054★
もうすぐ47歳になろうというのに私には誇れるものなど何もない。冴子が生きていたら、今の私を見て何て言うだろう。「駄目じゃん、もっとしっかりしなきゃ」とでも言うだろうか。
働いてはいても、自慢できるような実績もない。テレビや雑誌などで、よく有名人や仕事の成功者が過去の実績を誇らしげに語ったり、紹介されたりするけれど、自分にはそのような局面に誇れるものなど何もない。私には言葉なんて信じられない、しかし、言葉を使うしかない、そんな諦念と絶望しかない。だからこそ表現しない表現という逆説めいたイメージに憧れるのだ。それは音のない音楽、写真の写らないカメラ、ビジュアルのない絵画という不可能な理想でしかないようなものに賭けてみたくなる私の不可解な心情なのだ。まさにゴスだ。しかし、それは冴えないゴスだろう。
働いてはいても、自慢できるような実績もない。テレビや雑誌などで、よく有名人や仕事の成功者が過去の実績を誇らしげに語ったり、紹介されたりするけれど、自分にはそのような局面に誇れるものなど何もない。私には言葉なんて信じられない、しかし、言葉を使うしかない、そんな諦念と絶望しかない。だからこそ表現しない表現という逆説めいたイメージに憧れるのだ。それは音のない音楽、写真の写らないカメラ、ビジュアルのない絵画という不可能な理想でしかないようなものに賭けてみたくなる私の不可解な心情なのだ。まさにゴスだ。しかし、それは冴えないゴスだろう。
君だけを愛す。★053★
それは何よりも晴天の霹靂というか曇天の霹靂だった。寝耳に水だ。いったい、どうして。それが彼女の入院の理由なのか。なんだか信じられない秋子の発言だったが、彼女の涙がそれを真実だと語っているようだった。
「急に貧血で倒れて病院に救急車で運ばれて、重症の貧血症かということで、精密検査を兼ねて入院していたんだけど」と、そこで感極まったのかしゃがみ込んで号泣する。秋子を立たせて肩を抱いて、自分の胸で泣かせる。それくらいしか自分にはできなかった。ほかに何ができる。秋子がいくらか泣き止んできて、小声で声を震わせながら語り始めるのを待つ。
「それが、あまりに入院が長いものだから、病院にお見舞いに行ってみたら、冴子の両親も来ていて、一緒に担当医の説明を聞くことになって、冴子は白血病で長くて1年、早ければ半年の命だって」
秋子は、そこまで言って、後はただ泣き続けるばかりだった。私には、彼女の肩にそっと手を置いて、沈黙することしかできなかった。ほかに何ができただろう、この深刻な状況下で、…。
「急に貧血で倒れて病院に救急車で運ばれて、重症の貧血症かということで、精密検査を兼ねて入院していたんだけど」と、そこで感極まったのかしゃがみ込んで号泣する。秋子を立たせて肩を抱いて、自分の胸で泣かせる。それくらいしか自分にはできなかった。ほかに何ができる。秋子がいくらか泣き止んできて、小声で声を震わせながら語り始めるのを待つ。
「それが、あまりに入院が長いものだから、病院にお見舞いに行ってみたら、冴子の両親も来ていて、一緒に担当医の説明を聞くことになって、冴子は白血病で長くて1年、早ければ半年の命だって」
秋子は、そこまで言って、後はただ泣き続けるばかりだった。私には、彼女の肩にそっと手を置いて、沈黙することしかできなかった。ほかに何ができただろう、この深刻な状況下で、…。
君だけを愛す。★051★
冴子とは話もあまりしなくなった。何か問いかけても彼女は迷惑そうにするので、話しかけることもままならなかった。とはいっても、秋子と何か進展したのかといえば、週に何度か秋子と帰り道を共にするだけで、何も変わらなかった。
そんなある日、下駄箱に秋子のメモが入っていた。
「2人つきあったけれど、何もなかったよね。キスしてくれるとか映画に誘ってくれるとかしたらもっと変わったかもしれないけどさ。別れよう」何だろう、流れにまかせて話が進んで行くじゃないか、それも人生、それも自業自得か。
しかし、冴子に何て言えばいいのだろう。それはしかし杞憂だった。冴子は休んだ。病欠だった。それがこれからの暗示だった。
そんなある日、下駄箱に秋子のメモが入っていた。
「2人つきあったけれど、何もなかったよね。キスしてくれるとか映画に誘ってくれるとかしたらもっと変わったかもしれないけどさ。別れよう」何だろう、流れにまかせて話が進んで行くじゃないか、それも人生、それも自業自得か。
しかし、冴子に何て言えばいいのだろう。それはしかし杞憂だった。冴子は休んだ。病欠だった。それがこれからの暗示だった。











