■絵画の真実、真実の絵画010
ただ、単なる形態と色彩の組み合わせがある。それだけだ。限りなく無意識に近い無作為・非表現の絵画。物語もイメージもほとんど存在しないような、極限で繰り広げられる即興劇。ロラン・バルトが自分の絵画を浪費と名付けたような、悦楽的な、しかし、何も表現しない零度の絵画。絵画の真実、真実の絵画、それがこれから始められる絵画の定義だ。そこにこそ、絵画の真実、真実の絵画が現前するだろう。今は、そう信じている。
ただ、単なる形態と色彩の組み合わせがある。それは、ただ単に色付けされた不定形態が幾つか組み合わされるだけの作品であるだろう。アクリルガッシュや折り紙、イラストレーターなどで、色付けされた不定形態が幾つか組み合わされるだけの作品、それが絵画の新たな理想だ。ただ、そこには形態と色彩の組み合わせがあるだけだ。何かが表現されるわけではない。無造作に色付けされた不定形態が幾つか組み合わされるだけだ、それが絵画の理想であり、絵画の真実・真実の絵画である。
ただ、色付けされた不定形態が幾つか組み合わされる、それが新たな絵画の表現しない表現だ。
※2007年3月21日、完成
ただ、単なる形態と色彩の組み合わせがある。それは、ただ単に色付けされた不定形態が幾つか組み合わされるだけの作品であるだろう。アクリルガッシュや折り紙、イラストレーターなどで、色付けされた不定形態が幾つか組み合わされるだけの作品、それが絵画の新たな理想だ。ただ、そこには形態と色彩の組み合わせがあるだけだ。何かが表現されるわけではない。無造作に色付けされた不定形態が幾つか組み合わされるだけだ、それが絵画の理想であり、絵画の真実・真実の絵画である。
ただ、色付けされた不定形態が幾つか組み合わされる、それが新たな絵画の表現しない表現だ。
※2007年3月21日、完成
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