君だけを愛す。★012★
何もいいことなどなかった東京都荒川区南千住から埼玉県草加市の外れに。そこは新興住宅地として開発途上の土地らしく、あちこちに空き地や畑が目立ち、ぽつぽつと新しい一戸建てや集合住宅が建てられる途中だった。転居した新居は小学校の真横にあり、通学30秒という信じられない位置にあった。それこそ忘れ物を取りにこっそり帰れる距離だ。忘れ物にほとんど縁のなかった私には、だからそういう事態は一度もなかったのだけれど。東京の下町から埼玉の新興住宅地に転居しただけのはずだが、街並の田舎風情な感じ、子供たちの牧歌的なムードが、子供心に遥かに遠い辺境の地に来てしまったような錯覚に陥ったものだった。帰宅しては、たいてい本を読んで過ごした。少年漫画誌や軽めの子供向けの小説。ある時、どういうわけか大人向けの世界文学全集を購入することとなり、読むかと聞かれたので読むと答えたまでは良かったが、送られた第一回目の書籍は二段組の細かい文字で、確かドストエフスキーの『罪と罰』だった。数ページ読んで挫折した。初回はお試しだったらしく、改めて読むのかと聞かれ、お茶を濁したら、案の定、解約されて、もう全集は届かなかった。
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